
映画ファンやヴィンテージ・ファッション好きの間で語り継がれる俳優、スティーヴ・マックィーン。彼の遺作『ハンター』(1980年)は、カーチェイスやスタントも見どころですが、その中でもファッション面、とりわけ「主人公が履いているスニーカーのブランド」に注目が集まることがあります。
一説には、Kmartのストアブランド「Trax」だと語られたり、あるいはThom McAn社が展開していた「JOX」説も浮上するなど、意外にも情報が錯綜するアイテム。この記事では、これらのブランドや映画の背景を踏まえつつ、なぜこのスニーカーに注目が集まるのか、そして本当に「Trax」なのか、それとも別のブランドなのかを掘り下げてみたいと思います。
Kmartのストアブランド「Trax」とは?

Traxブランドの歴史
「Trax(トラックス)」は、1970年代半ばから1980年代末頃まで存在していた米国のディスカウントチェーンKmartのストアブランドです。主に安価なスポーツシューズやスニーカーを展開し、当時の子どもから大人まで幅広い層に向けて販売されていました。
- 誕生: 1975年頃にKmartが発売開始。
- 展開のピーク: 1980年代前半。Kmartの大規模展開に伴い、家族向けのリーズナブルなスポーツシューズとして認知される。
- 終焉: 1980年代後半〜末にブランド消滅。消費者のブランド志向の高まりや、他の低価格ブランドとの競合が原因と言われる。
デザインと価格帯の特徴
Traxの大きな特徴は、アディダスやプーマ、オニツカタイガー(アシックス)といった有名ブランドのデザインを模倣したうえで、低価格で販売していた点です。たとえばサイドにストライプを4本あしらう、ソール形状をそれらしく寄せるなど、ぱっと見には「それっぽい」雰囲気を持たせていました。
- 価格帯: 10〜20ドル程度で、高くても有名ブランドの半額以下。
- ターゲット: 学校用やジム用など、機能面より“とりあえず履ける安いシューズ”を探している人々。
こうしたブランド戦略により、一部の若者からは「ダサい」「すぐ壊れる」など手厳しい評価を受けましたが、当時の米国一般家庭にとっては手に取りやすい日用品であり、大衆的な存在でもありました。
映画『ハンター』(1980年)の背景

スティーヴ・マックィーンの遺作として
『ハンター』(原題: The Hunter)は、スティーヴ・マックィーン主演のアクション映画であり、彼にとっては生涯最後の出演作となりました。元祖“クール”の代名詞とも言われたマックィーンは、往年のヒット作『大脱走』『荒野の七人』『ゲッタウェイ』などで知られ、彼のスタイルは今なお多くのファンを魅了しています。
劇中の衣装の魅力
マックィーン演じるバウンティ・ハンター(賞金稼ぎ)のラルフ・ソーソンは、映画の大半をカジュアルな装いで過ごします。襟付きのシャツやジーンズなど、いかにも“アメリカン・ワークカジュアル”なスタイルが多く、その足元にはサイドにストライプ模様の入ったスニーカーが映し出されます。これが、本記事のテーマである「Trax」説か、それとも「JOX」なのか、と議論されるアイテムです。
劇中で履かれていたスニーカーの正体
オニツカタイガー説の否定
映画を観ただけで見ると、あのスニーカーはオニツカタイガー(現アシックス)の名作「メキシコ66」を連想させるデザインでもあります。実際、形やサイドラインの入り方が似ていることから、ファンの間で「オニツカでは?」との声が上がっていました。
しかし、ファッション誌 Safari がオニツカタイガー社に問い合わせたところ、「劇中で使用されたものは当社製品ではない」との回答を得たそうです。見た目は近いが、よく見るとストライプの形状や縫製のディテールが純正と異なるため、オニツカ純正説は公式に否定されました。
Trax説とJOX説
そこで注目されるのが、Kmartの「Trax」説と、シューズメーカーThom McAn(トム・マキャン)社の「JOX」説です。どちらも1970〜80年代に低価格なスポーツシューズを展開していたブランドで、サイドにストライプを模したデザインを採用していました。
- Trax説:
日本のマックィーン愛好家のブログなどでは、「Traxブランドのビンテージスニーカーを入手したら、映画『ハンター』の劇中の靴とそっくりだった」という報告があります。さらに、マックィーンが私生活でも同じような安価スニーカーを履いていた写真が存在し、これがTraxではないかと推測されています。 - JOX説:
一方、海外の映画考察サイト BAMF Style などは、マックィーンが履いていたのはThom McAn社の「JOX」シリーズだと分析。JOXも低価格帯で販売しており、Traxと同様に有名ブランドのデザインに似た外観を持っていました。
なぜ混同が生まれたのか?
当時の廉価版スニーカーは、有名メーカーのシルエットを多少アレンジして模倣する形で作られることが多く、TraxとJOXも似たような見た目の商品を多数生産していました。
- ブランドロゴが目立たない(もしくはロゴを外観にほとんど入れなかった)
- 同じ韓国や東南アジアの工場で生産されていた可能性がある
- 公式情報が少なくなっている(ブランドが既に消滅、一部が統合)
こうした理由から、いま映像を見返しても「Trax」と「JOX」のどちらかをはっきり断定するのが難しい状況になっています。確実に言えるのは、「いずれにせよ有名スポーツブランドの正規品ではなく、廉価な模倣系スニーカーの一つ」だということでしょう。
廉価版スニーカーが映す時代性
1970〜80年代のファッション背景
1970年代後半から80年代前半にかけて、アメリカのスニーカー市場はナイキやアディダス、プーマなどが台頭して大いに盛り上がりました。その一方で、安価に手に入るノーブランドやストアブランドのスニーカーも大量に出回り、家計に厳しい層や子ども向けには欠かせない存在でした。
当時は、今ほど「スニーカーが高級ファッションアイテム化」しておらず、安く実用的に履ければいいという需要も大きかったのです。そのためTraxやJOX、他にもPaylessなどのディスカウント店が扱う廉価シューズが数多く並んでいました。
なぜマックィーンが履いたのか?
スティーヴ・マックィーンは、映画衣装にも自らの意見を取り入れることで知られる俳優でした。とはいえ、有名メーカーのスポンサードを受けるようなタイプでもなく、自身が心地よいと感じるアイテムを選ぶことが多かったと言われます。
- 劇中の役柄(賞金稼ぎ)として、ブランド物で着飾るより実用的で大衆的な靴のほうがリアリティがある
- マックィーン自身、プライベートでバイクや車を整備する際に動きやすさを重視したスニーカーを好んだ
こうした背景から、特別なラグジュアリーブランドではなく、安価で動きやすい靴を履くのは彼にとって自然だったのかもしれません。
まとめ
映画『ハンター』でスティーヴ・マックィーンが履いていたスニーカーについては、「Trax」か「JOX」か、あるいは全く別のノーブランドなのか、決定的な答えは存在しません。ただし、多くの情報源や分析を見る限り、どちらかの廉価版スニーカーブランドであることはまず間違いないようです。
マックィーンのスタイルと言えば、バイクやカーアクションの華やかさとともに、飾らないワークカジュアルな着こなしが魅力。そんな彼が“ノーブランド風”な靴をあえて選んだ背景には、時代性と彼の美学が垣間見えます。もしこのシューズがTraxやJOXのようなディスカウント系ブランドだったとしたら、ファッションアイテムとしては“地味”かもしれませんが、そのリアルさこそがマックィーンの真骨頂なのかもしれません。
参考文献・情報源
- Safari Online記事: 映画の劇中コーデに釘付け! 『ザ・ハンター』編 — オニツカタイガー社への問い合わせ結果
- BAMF Style: “Steve McQueen in The Hunter” — 劇中のシューズをJOXと特定
- ヴィンテージスニーカー考察サイト: “Jox by Thom McAn 70s vintage sneakers” — マックィーンとの関係について言及
- 日本のマックィーン愛好家ブログ: “TRAX” — 劇中の靴はTraxとする主張、ビンテージシューズの写真
- Gary Warnett(Gwarizm)ブログ: “Steve McQueen’s Last Outfit” — Mexico 66説の否定や読者コメントによる議論
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